食育教材の「たのしい食事 つながる食育」が刊行されました

 

文部科学省から新しい食育教材が刊行されました。
食育は、日本が世界に発信できるコンテンツです。その中心にあるのが学校給食です。楽しい食事を体験しながら、どのように食育を学習するのか。その教材として児童用と指導者用の2冊が文部科学省から出されました。
学校で学ぶ食育は、理科、社会、保健体育、道徳など各教科に渡って多くの食育学習が盛り込められています。多数のイラストが入った楽しい教材になっています。
こちらから、誰でもダウンロードして見られます。

福井県 食育教材に県内文化 石塚左玄の教えを軸に

福井県教育委員会と県学校栄養士研究会が制作していた、小中学校向けの食育教材「ふくいこども食育チャレンジ」が完成した。福井市出身の医師、石塚左玄の教えや県内の食文化を盛り込み福井ならではの教材に仕上げ、県オリジナルの食育教材は全国でも初めて。

 

教材はA4判、186ページ。日本で初めて「食育」の言葉を本に記した石塚左玄が提唱した「地産地消」「食物を丸ごと食べること」など六つの教えを軸に調理法や食の作法、知識、福井県の食材などに関する問題が掲載されている。

 

栄養教諭と学校栄養職員でつくる県学校栄養士研究会が2014年に小学生向けの食育チャレンジを作り、15年度から試験的に実践。今回は県教委が内容を精査しながら中学生版を加え、各小中学校に配布することに、インターネットでの公開も予定している。

 

教材の活用法を県内の栄養教諭、学校栄養職員に周知する研究会が2月24日福井市の県立図書館で開かれた。

 

「日本の学校給食」第1回  給食を通して「食育」を学ぶ日本の子どもたち

 「日本の学校給食」は科学技術振興機構(JST)の中国向けポータルサイト「客観日本」に掲載されました。10回の連載予定です。

 

 

  日本では義務教育である小・中学校の計9年間、子どもたちは弁当を持参するのではなく、学校で出される給食を食べて成長します。学校給食の普及率は公立の小学校でほぼ100%、中学校で90%近くにもなります。全国ほとんどすべての小・中学校で給食を提供しています。お昼時間に学校を覗いてみると、「いただきます!」と大きな声で挨拶をして、クラス全員で昼食をとるのが日常よくみられる光景です。

 

1.一年生 小学校1年生の給食風景 (福井市社南小学校)

 

 日本の学校給食は、ただ単なる昼食ではありません。教育の一環として位置づけられているのが最大の特徴です。健康維持はもちろんのこと、給食を通して食に関する正しい知識や食習慣やマナーを身につけ、自然の恵みや給食をつくってくれた人々に感謝し、さらに地域の伝統食文化についての理解を深めるなど、給食を通じて子どもたちは「食育」を学んでいくのです。

 

 学校給食がスタートしたのは130年前

 

 日本で学校給食が始まったのは今から約130年前の昔に遡ります。日本で最初の小学校が開校してから20年後の1889年、山形県鶴岡市にある私立忠愛小学校で始まったのが起源とされています。家が貧しくてお弁当をもってこられない子どもたちが多かった当時、この学校を設立したお坊さんたちが無料で昼食を提供しました。ちなみにその時の献立は「おにぎり・塩鮭・漬物」といった質素なものでしたが、子どもたちは大喜びでした。

 

2日本初の給食    日本で最初の学校給食

 

 その後、1923年に起こった大地震(関東大震災)で栄養失調の子どもたちが増えたこともあり、国は子どもたちの栄養を改善するために給食を出すように命令し、給食は全国に広がっていきました。しかし1939年に始まった第二次世界大戦で徐々に食糧が不足するようになったため、給食は次々と中止されていきました。

 

 戦後、学校給食が再開したのは1946年12月24日です。食糧難が続くなか、アメリカの民間団体から贈呈された物資で給食が実施されました。今でもこの日を記念して、学校の冬休みが終わった1月24日から1月30日までを「学校給食週間」として、全国の学校でさまざまな行事が行われています。

  

 さらにユニセフ(国際連合児童基金)からの寄付もあり、戦後少しずつ給食は再開されていきました。当時「ユニセフ給食」と呼ばれた給食は、主食はなく、また牛乳は貴重なため、お湯に脱脂粉乳を溶かしたものが出されました。その後小麦粉の費用の半分を国が負担するようになってから、主食にパンがつき、完全給食(主食・おかず・ミルク)が、全国の小学校を対象に始まりました。

 

 「学校給食」が法律で定められる
 

 1954年には学校給食の普及充実を図ることを目的として「学校給食法」が施行され、学校で給食を出すことが法律で定められました。この法律の中で、学校給食の目標として、給食は教育の一環として行われ、食事についての正しい理解や望ましい習慣を育て、学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うことなどが掲げられました。
 

 法律の施行とともに給食のメニューも変化を遂げていきます。東京オリンピックが開催された1960年代、脱脂粉乳が牛乳に変わり、70年代に入ると今までパンやめん類だった主食にごはんが復活し、さまざまなごはん料理が給食に出るようになり、メニューも一段と豊富になりました。

3日本一の給食日本一の学校給食 (米粉のパン、牛乳、上州豚のアップルジンジャ ーソースかけ、こんにゃく海藻サラダ、のり塩ポテ ト、根菜のミネストローネ、手作りブルーベリー ジャム)

 

  そして現在、学校給食はさらに変化を遂げています。通常の給食に加えて、四季折々の伝統行事にちなんだ「行事食」や地元の食材を使った「郷土食」、さらに自分で栄養バランスを考えて料理を選ぶ「バイキング給食」、2種類以上の献立から選ぶ「セレクト給食」などさまざまな形式の給食が提供されています。と同時に近年増えている食物アレルギーの子どもたちに対応した給食など、現場ではさまざまな工夫と努力がされています。

 

 こうしたバラエティ豊かな学校給食のなかから「日本一」を選ぶ全国学校給食甲子園も年に1度行われており、記念すべき第10回大会では群馬県みなかみ町月夜野学校給食センターの給食(写真)が優勝の栄誉に輝きました。

 

  日本の学校給食は実に多くの関係者によって支えられています。食材を提供する生産者をはじめ、献立を考える栄養教諭や学校栄養職員と調理員、さらに学級担任や校長先生、地方自治体の教育委員会、文部科学省の給食・食育担当官など、さまざまな人たちが一団となって子どもたちの成長を担う学校給食に取り組んでいるのです。

 

文:大森光枝 (全国学校給食甲子園 事務局長)  取材協力: 齊藤るみ 学校給食調査官 (文部科学省初等中等教育局 健康教育・食育課) 写真提供:全国学校給食甲子園

 

 

なお、この記事は科学技術振興機構(JST)の中国向けポータルサイト「客観日本」で中国に配信されています。

http://www.keguanjp.com/kgjp_shehui/kgjp_sh_yishi/pt20160301141207.html